はじめに
「今日、調子いいね!」
訪問先で、スタッフが利用者さんにそう声をかけたとします。あなたなら、親しみのある一言に聞こえますか? それとも、少し言葉遣いが気になりますか?
訪問看護で、利用者さんへのタメ口はありかなしか。
今回はAIに「あり派」と「なし派」の両方を演じてもらい、この問いをめぐってディベートしてもらいました。
あなたはどちら派ですか? まずは、あり派の意見から。
※以下のディベートは、AIとの対話をもとに構成したものです。
第1ラウンド 本人との関係性をどう考えるか
〇 あり派
まず、敬語を使っていれば、利用者さんを尊重していると言えるのでしょうか。
「危ないですから、座っていてくださいね」と行動を制限する人と、「外行きたいよね。どうしたら行けるか、一緒に考えよう」と向き合う人。
どちらがその人の気持ちを尊重しているように感じますか?
言葉遣いと、相手への敬意は、分けて考えたいです。
★ なし派
そこは同意します。ただ、その例では、言葉遣いだけでなく、接し方も違いますよね。
「外に行きたいですよね。どうしたら行けるか、一緒に考えましょう」と言っても、同じように寄り添えます。
相手を尊重するために、あえてタメ口を使う必要はあるのでしょうか?
〇 あり派
必要とまでは言えなくても、使っていい場面はあると思うんです。
訪問は、利用者さんの生活の場に入る仕事です。毎週顔を合わせて、冗談を言ったり、うれしいことやつらいことを話したりする。その中で自然に出る「今日、調子いいね!」「それはしんどかったね」まで、言い直す必要があるのでしょうか。
本人がもう少し親しい話し方を望んでいるなら、専門職だからと敬語にこだわることも、こちらの都合になりませんか?
★ なし派
そこで確かめたいのは、その距離感を、本当に本人も望んでいるのかということです。
利用者さんが笑っている。嫌だと言わない。訪問を楽しみにしている。
それだけで、タメ口も歓迎されていると考えていいのでしょうか。
支援を受けている相手に「その話し方、嫌です」と伝えるのは、簡単ではありません。担当者との関係を悪くしたくなくて、合わせてくれている可能性もありますよね。
〇 あり派
確かに、笑顔だけでは分かりませんね。ただ、敬語でも似たことは起こりませんか?
よそよそしく感じても、「もっと親しく話して」と言えない人もいる。遠慮があって、丁寧に聞かれても「大丈夫です」としか返せないこともあります。
不快にさせる可能性だけで禁止すると、本人に合わせる余地までなくなると思うんです。
★ なし派
でも、好みが分からない初対面なら、まず敬語で話す方が、相手の領域に踏み込みにくいと思います。
距離を縮めるときは、相手もそれを望んでいるかが大事です。
こちらは親しさを伝えているつもりでも、相手がまだ渡していない距離まで、自分から取りに行っていることがあると思うんです。
〇 あり派
では、本人から「敬語やめてよ。普通に話して」と言われたらどうでしょう。
それでも「専門職ですので敬語を使います」と返しますか?
本人が望む話し方と、職員側のルールが食い違うとき、誰のためのルールなのかは考えたいです。
★ なし派
その場合は、本人に合わせる余地があると思います。
〇 あり派
お、そこは一致しましたね。では、「タメ口はどんな場面でもなし」とは言えなさそうです。
★ なし派
そうですね。ただ、本人が望んでいると分かった場面と、職員の判断だけで話し方を崩す場面は、分けて考えたいです。
職場全体で「あり」としたとき、全員が同じように距離感を判断できるでしょうか。
あるスタッフの「今日も頑張ったね」は温かく聞こえても、別のスタッフが言えば、上から評価されたように感じることがあります。「かわいいね」も、うれしい人がいる一方で、子ども扱いされたと感じる人もいます。
うまくいった一人の例を、全員に当てはめるのは難しいと思います。
〇 あり派
そこは、教育で考えていける部分ではないでしょうか。
判断が難しいものを一律に禁止するなら、冗談も、自分のことを少し話すのも、禁止した方が管理は楽かもしれません。
でも、相手に合わせて関係を築くのも、訪問の仕事に必要な力だと思うんです。
★ なし派
そうですね。教育するなら、まず「自分が感じている親しさを、相手も同じように感じているか」と振り返る姿勢を育てたいです。
「この人は私なら大丈夫」「私とはこういう関係だから」と思い込むと、周りからの指摘も受け止めにくくなります。
関係が深まってからも、自分の言葉遣いを振り返ることは大切です。
〇 あり派
もう一つ気になるのは、利用者さんを「傷つけてはいけない相手」として見すぎていないか、ということです。
冗談を言い合うことも、突っ込まれることも、こちらが励まされることもあります。
利用者さんだって、対等な大人として付き合いたいかもしれません。専門職として距離を保つことが、いつも本人の望みとは限らないですよね。
★ なし派
対等な大人として向き合いたいのは、私も同じです。その上で、人として対等であることと、置かれている立場が同じであることは、分けて考えたいです。
こちらはサービスを提供する側で、相手の身体や生活の情報にも触れます。利用者さんは、その支援を受け続ける必要があるかもしれません。
「お互い言いたいことを言える関係」と思っているのが、職員だけだったらどうでしょう。
対等でありたいからこそ、相手が断りにくい立場にいる可能性も考えたいです。
〇 あり派
そこは大切ですね。だからこそ、相手の反応を見て、距離を詰めすぎたと感じたら戻す。その振り返りは必要だと思います。
同じことは、敬語を使っているときにも言えます。丁寧な言葉で急かす。説明せずに身体に触れる。本人を飛ばして家族と話す。
そういう対応を見過ごしたままタメ口だけを取り締まると、「敬語だから、うちの接遇は大丈夫」と安心してしまいませんか?
★ なし派
それは私も気をつけたいです。敬語でも失礼な対応はあります。
敬語を使いながら、本人の意思も聞く。身体に触れる前には説明する。どれも大切にしたいです。
〇 あり派
では、本人の希望を確かめて、尊厳を守り、嫌だと感じたら話し方を戻せる関係がある。
その上で自然に出るタメ口なら、どうでしょう?
★ なし派
……そこまで確かめられているなら、悪いとは言えないですね。
〇 あり派
なら、一律に禁止する必要はなさそうです。
★ なし派
そうですね。同時に、「仲良くなったから使っていい」と言うには、まだ根拠が足りないという点では一致できそうですか?
〇 あり派
……そこは、私もそう思います。
暫定判定 僅差で「あり派」の勝ち
争点が「タメ口を使ってよい場面はあるか」なら、本人が望み、尊厳を損なわない場面まで禁止する理由を、なし派は示し切れませんでした。 最後に例外を認めたことが決定打です。
ただし、「仲がいいから」「笑ってくれるから」「自分は好かれているから」だけでは、使ってよい根拠にならない。 この指摘では、なし派が一枚上手でした。
……と、ここで私は待ったをかけました。
本人がよかったとしても、周りはどうでしょう。家族やケアマネから見て、不快に感じる人もいるのでは? そのたびに「本人が望んでいるから」と説明するのでしょうか。説明したとして、納得してもらえるのでしょうか。
この反論を受けて、ディベート再開です。
第2ラウンド 家族やケアマネからは、どう見える
★ なし派
本人が心地よく話せることは大切です。その場にいる家族やケアマネには、どう聞こえるでしょうか。
家族は「母が子ども扱いされている」と感じるかもしれません。ケアマネも「ほかの利用者さんにも、この接し方なのかな」と不安になるかもしれない。
訪問看護は、本人と職員の二人だけで完結するサービスではありません。そのたびに「ご本人が望まれているので」と説明するのでしょうか。
説明できることと、相手に安心してもらえることは別ですよね。
〇 あり派
家族やケアマネが不安に思うことは、受け止めたいです。
ただ、本人が親しい話し方を望んでいるときに、周囲の目が気になるからと敬語に戻す。それは本人中心と言えるのでしょうか?
★ なし派
そこは悩みますね。本人の希望を大事にした上で、もう一つ考えたいです。
温かさも、冗談も、親しさも、敬語で伝えることはできます。
敬語でも同じように関係を築けるなら、周囲に不安を感じさせる可能性も踏まえて、タメ口を選ぶ理由は何でしょうか?
〇 あり派
言葉遣いそのものが、関係の一部になっていることもあると思います。
長く付き合ってきた相手が急に敬語に戻ったら、「なんだかよそよそしくなった」と感じる人もいるでしょう。
周囲に誤解される可能性だけで、一律に禁止するのは行き過ぎだと思います。
★ なし派
そのような場面は、例外として一つずつ考えたいですね。
ここまでで「タメ口が適切な場面もある」ということは分かりました。「職場全体で広く認めた方がよいか」は、もう一つ別の問いです。
その場に来た家族やケアマネには、本人と職員がこれまでどう関係を築いてきたかは見えません。目の前の声かけから判断することになります。
その背景を毎回説明して、ようやく安心してもらえる接し方を、組織の標準にできるでしょうか?
〇 あり派
……例外は残したいです。でも、組織の標準をどうするかと聞かれたら、敬語を基本にする方が納得できます。
最終判定 組織の接遇方針としては「なし派」の逆転勝ち
第1ラウンドでは、「タメ口を使ってよい場面もある」というあり派の主張が勝ちました。
第2ラウンドで問われたのは、組織として何を基本にするかです。本人の受け止めに加えて、家族や連携先からどう見えるかも、判断に含める必要があります。
「本人の希望です」と説明しても、「本人は嫌だと言いにくいだけでは?」という疑問が残るかもしれません。一方、周囲が不快に感じるたびに話し方を変えていたら、本人の希望が置き去りになることもあります。
判定を分けたのは、本人との親しさだけで、専門職としての言葉遣いを決めていいのかという問いでした。
利用者さんへのタメ口で考えられるメリット・デメリット
| メリット | デメリット |
|---|---|
| 本人が望む場合、会話の堅さがやわらぎ、話しやすくなることがある | 馴れ馴れしさや、子ども扱いと受け取られることがある |
| 雑談で一緒に笑う場面などで、親しさが自然に伝わることがある | 本人が違和感を覚えても、支援を受ける立場から言い出しにくいことがある |
| 本人が心地よいと感じる距離感に合わせられることがある | それまでの関係性を知らない家族やケアマネには、接し方に不安を感じさせることがある |
私自身は、どう考えているか
私の考えは、「ケアやリハビリ中は敬語を基本に。雑談では、ときどき親しさがにじむこともある」です。
ケアやリハビリでは、身体に触れたり、動作をお願いしたりする場面があります。そのときこそ、何をするかを説明し、本人の意向を確かめ、一人の大人として尊重する姿勢を大切にしたいと思っています。
一方、雑談で会話が弾んだときの「それ、いいね!」まで、毎回言い直す必要はないと思います。そういう一言に、自然と親しさがにじむこともあります。
雑談のときも敬意は同じです。呼び捨てや子ども扱い、命令口調を「仲がいいから」で済ませることはできません。
そして、敬語を使っているときも振り返りたいことがあります。本人の意思を聞いているか。こちらの都合で急かしていないか。家族と話すときも、本人を置き去りにしていないか。
利用者さんにも、そばにいる家族にも、連携する方々にも安心してもらえるように。言葉遣いを入り口に、普段の接し方を振り返っていきたいと思います。